熊野本宮大社は古代より帝を始め多くの人々の信仰を集めている。折しも全国から絹布の奉納が帝の命令で行われる。肝心の都から来る使者が熊野本宮に届かない。その使者の男は本宮大社近くの音無川のほとりにある音無の天神で、梅の香りをめでて一首の和歌を詠んでいたという。男は戒めの為に縄を掛けられるが、天神に仕える巫女が現れ神に歌を奉げたためであり天神もその歌を喜んでいると証明する。男は許され、巫女は熊野権現の霊験を語り、多くの神仏がここには宿っていると、その有難さ讃え神楽を舞って見せる。
聟に入る若者が恥ずかしいと言って父親に付き添ってもらう。父親は門口で帰るつもりが、とうとう家の中まで案内され、舅に対面することになる。ところが用意した袴は一枚しかなく、二人で代わる代わる履き替えて対面し、何とか誤魔化せたのだが、二人揃って対面したいと所望されて、仕方なく袴を引き裂いて二枚にし分けてはき、連れだって舅の前に出る。酒宴で二人で舞を舞う羽目になり、何とか思案し前だけを覆い後ろを見せないように舞うが。現代の若者にも通じる話である。
2014年8月に小金井薪能公演で創作初演、10月には熊野古道世界遺産指定の10周年記念で熊野本宮大社・大斎原で再演奉納された。昨年は文化庁芸術祭参加作品の為、銀座SIX・観世能楽堂でダンス作品としてリメイクされた。今回は更に小金井薪能の2018版として更に進化した作品となる。
古代より修験の道、信仰の道として熊野古道は現代に生き続けている。熊野信仰は全国に広がり、信仰の基となるのは奥深い熊野山地、古事記の神々、仏教の仏たちが混然一体となっている。まさに日本人の信仰の在り方の原点ともいえる。そこには貴賎をいとわず、男女の差別もない奇瑞が伝承されている。業病の死から蘇生する「小栗判官」、血の道をいとわず熊野権現に迎え入れられる「和泉式部」など、現代社会にも通じるテーマがある。
ダンスと能舞のパフォーマンスを歌と和洋の楽器が奏で歌う。